大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和48年(ネ)674号 判決 1975年8月21日

控訴人 石田弘明

右訴訟代理人弁護士 篠崎和也

右訴訟復代理人弁護士 野崎義弘

控訴人 有限会社 清水製作所

被控訴人 清水尚慶

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士 湯本岩夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、次に記載したほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の陳述)

第一、被控訴人らと訴外福丸産業株式会社(以下訴外会社という)との間の取引関係について、

一、訴外会社と被控訴人清水尚慶(以下被控訴人清水という)は、昭和四六年一〇月六日、同被控訴人が借主となり、証書貸付、手形貸付、手形割引契約および根保証の各契約を締結し、かつ、同被控訴人は右契約による現在および将来の一切の債務を担保するため元本極度額を金一五〇万円とする根抵当権を原判決物件目録(一)、(二)の各不動産(以下(一)、(二)の不動産という)に設定した。

二、訴外会社と被控訴人有限会社清水製作所(以下被控訴会社という)は、昭和四六年一一月二九日、被控訴会社が借主となり、前項と同様の契約を締結し、かつ、同被控訴人は右契約による現在および将来の一切の債務を担保するため、元本極度額を金二四〇万円とする根抵当権を、原判決物件目録(三)の不動産(以下(三)の不動産という)に設定した。

三、訴外会社と被控訴人両名とは、昭和四六年一一月二九日、訴外会社が貸主となり次のような消費貸借契約を結んだ。

(一)貸付金 金二四〇万円。

(二)弁済期 昭和四六年一二月一六日より昭和四七年九月一六日に至るまで毎月金二四万円宛、毎月一六日限り支払う。

四、右同日、訴外会社と被控訴人らは、左記の場合、訴外会社が(一)ないし(三)の不動産の所有権を前項記載の債務の支払に代えて取得する旨の停止条件付代物弁済契約を締結し、被控訴人らは、右条件成就の場合における所有権移転に必要な登記済権利証等を訴外会社に交付した。

(一)被控訴人らが前項記載の割賦金の支払を一回でも怠ったとき。

(二)訴外会社の承諾なしに担保物件の占有名義を第三者に移転したとき。

(三)他の債務のために被控訴人らが、強制執行、仮差押、仮処分、破産、和議、競売の申立があったとき。

(四)担保物件の価額の消滅により、訴外会社よりの増担保要求に応じないとき。

五、ところが、被控訴人らは、昭和四六年一二月二〇日、(一)ないし(三)の不動産の占有名義を第三者に移転した。

六、そこで訴外会社は、前記停止条件(二)が成就したことにより、(一)ないし(三)の不動産の所有権を取得したので、被控訴人らから交付を受けていた登記済権利証等を使用して、(一)ないし(三)の不動産の所有権移転登記手続に及んだものである。

第二、従って、訴外会社が(一)ないし(三)の不動産を正当な取引により取得している以上、訴外会社から更に右不動産を買受けた控訴人に対する被控訴人らの本訴請求は失当である。

(被控訴人らの陳述)

一、控訴人の右主張に対する認否

右主張事実中第一の一の事実のみ認め、その余の事実はすべて否認する。

被控訴人らは昭和四六年一一月二九日、訴外会社に対し、別紙目録記載のとおり時価合計金六〇〇万円に相当する機械七点を代物弁済として交付したから、債務は消滅した。

また、訴外会社は昭和四六年一一月三〇日に、控訴人主張の第一の三のような契約が存在するとして被控訴人らを相手方として大森簡易裁判所に即決和解の申立をしたが、被控訴人らは、不動産は含まれない、金額も異なるとして右の和解を不調とした。

二、被控訴人らの本件不動産の取得原因

被控訴人清水は、昭和四五年一〇月二〇日に、(一)の不動産を、訴外阿部幹夫、比留川正一から金三三四万八〇〇〇円で買受け、また昭和四六年三月二六日に、(二)の不動産を訴外殖産住宅相互会社に依頼して新築し、それぞれその所有権を取得したものである。

被控訴会社は、昭和四六年一一月二九日に、(三)の不動産を自営で新築し、その所有権を取得したものである。

(証拠関係)<省略>。

理由

<証拠>によると、被控訴人清水は、昭和四五年一〇月二〇日頃、本件(一)の不動産を、訴外阿部幹夫、同石田幸平の両名より代金約三四〇万円で買受け、その所有権を取得したこと、昭和四六年二月頃、代金三四七万円で訴外殖産住宅相互株式会社に依頼して、(二)の不動産を建築してその所有権を取得したこと、被控訴会社は昭和四六年一一月一五日頃本件(三)の不動産を新築してその所有権を取得したことを認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

二、本件(一)ないし(三)の不動産に被控訴人ら主張のような各登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

三、控訴人は、右登記は、いずれも適法なものであり、このうち訴外会社の所有権取得の登記は、昭和四六年一一月二九日、同会社と被控訴人らとの間に成立した停止条件付代物弁済契約に基づくものであると主張するのでこの点について判断する。

被控訴人清水が昭和四六年一〇月六日、訴外会社との間で、証書貸付、手形貸付、手形割引契約および根保証の各契約を結び、かつ、右契約による現在および将来の一切の債務を担保するため、本件(一)、(二)の不動産に対し、元本極度額を金一五〇万円とする根抵当権を設定したことは、当事者間に争いがない。

ところで、被控訴人清水が本件(一)、(二)の各不動産に右のような抵当権の設定をするようになった事情を調べてみるのに、次の事実が認められる。即ち、原審ならびに当審における被控訴会社代表者兼本人清水尚慶の尋問の結果によれば、被控訴会社は、自動車のプレス加工を業とするものであって、以前は大田区蒲田に工場を所有し、ここで事業を営んでいたものであるが、事業の性質上、騒音と振動を発するので、近隣に迷惑を与えたため、東京都から立退きの勧告を受けるに至った。そのため、被控訴人清水は、本件(一)の不動産を買い受けて、ここに工場を移転することとしたが、移転の費用には約一三〇〇万円を必要とした。そして、このうち八〇〇万円は自己資金でまかない、残りは東京都から借入れる予定であった。ところが、東京都の貸付金は、現実に貸出されるのが、移転の完了した後であることが判明したため、それまでの間の費用に不足を来すこととなり、やむなく、他から、一時的に融通を受けなければならない羽目となった。かようにして、訴外会社に対して、融資を申込むこととなり(この時、はじめて訴外会社を知るに至ったものである)、昭和四六年四月頃、まず、無担保で二〇万円を借り受けたのをはじめとし、次々と借り増してゆき、同年一〇月初めには借受金は一五〇万円に達した。かくして本件(一)、(二)の不動産に対し、前記のような抵当権設定契約が結ばれるに至った。以上の事実が認められるのである。

そこで、更に進んで、このような状況下に、本件の代物弁済の登記がなされるに至った事情を調べてみるのに、乙第三号証(この成立については後に判断する)の記載によれば、控訴人主張のごとく、訴外会社と被控訴人らとの間に、昭和四六年一一月二九日に、本件(一)ないし(三)の不動産について、条件付代物弁済契約が結ばれたかの観がないではない。しかし、成立に争いのない乙第一号証、当審における被控訴会社代表者兼本人清水尚慶尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、訴外会社は、昭和四六年八月頃、被控訴人清水に金を貸付けた際、本件(一)ないし(三)の不動産の権利証と白紙委任状とを要求してこれを預かっており、更に、前記昭和四六年一〇月六日の本件(一)、(二)の不動産についての抵当権設定の契約書を作成した際にも、当該契約書(乙第一号証)のほかに、何通かの書類に、被控訴人清水(会社の代表資格も含む)の署名を要求し、情を知らない清水は、右抵当権設定のための必要書類と思い込んで求められるままに署名して訴外会社の係員に交付したことがあり、ついで、同年一一月中旬頃、訴外会社と同系統とみられる貸金業者である訴外親和物産(被控訴人らはこれからも若干融資を受けていた)の係員が被控訴会社を訪れ、被控訴人らが不渡手形を振出すと危いから実印を保管させてくれと称し、被控訴会社および被控訴人清水の実印を持ち去り、同年一二月二四日返還されるまで右実印は被控訴人らの手中にはなかったことが認められる。

以上の、本件貸借がなされるまでの事情をも含めて、一切の事実関係から判断するならば、被控訴人らは、訴外会社との間で、本件各不動産につき、代物弁済契約ないし条件付代物弁済契約を締結する意思は、毛頭有していなかったものであって、昭和四六年一一月二九日付の条件付代物弁済契約の証書(乙第三号証)は、被控訴人清水の署名が記載され、被控訴人両名の実印が押捺されてはいるけれども、被控訴人らの意思に基づいて真正に成立したものといえないことが明らかである。そして、本件代物弁済の登記(昭和四六年一二月二二日付)は、訴外会社の係員が、同業者である親和物産から借り受けた被控訴会社および被控訴人清水の実印と、自ら保管中の委任状、権利証等を冒用して(乙第三号証を使用しなかったことは、同号証中に登記所の受付印のないことから窺われる)ほしいままに行なったものと推認するほかはない。

四、次に控訴人の主張によれば、本件各不動産の控訴人名義への所有権の移転は、控訴人が訴外会社から、その所有の本件各不動産を買受けたことによるというのであるが、前記のとおり、訴外会社は、本件各不動産の所有権を取得していないことが明らかであるから、控訴人の主張は前提を欠き、採用することができない。

五、よって、被控訴人らの本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 室伏壮一郎 裁判官 小木曽競 深田源次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例